社員紹介:埜口 健二(eS課 課長)

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“パートナーとしてお客様とも一緒に歩んでいきたいですね”

―― 創業メンバーだそうですが、前職は?

 大手通信会社の研究所子会社にいました。若かったので研究員というよりは研究生ですが、研究成果の実用化の仕事の中で、最先端の技術に触れられている感覚はありました。当時のテーマはまだ出始めのころのUNIX。開発や検証が楽しくて仕方なかった。ただ世の中の流れというか、やがて研究よりも事業重視の会社に変わってきて、仕事もだんだん開発ではなく管理が中心になっていきました。

―― 転職(アルネッツ創業)を決断したのは?

 フリーのエンジニアだった八田(アルネッツ代表)が私のプロジェクトにやってきたのはその頃でした。彼には妙なリーダーシップがあって、若手を引き寄せてよく遊んでいました。飲み会とか合コンとか(笑)。議論をしても、すぐ論破される。今と変わりませんね。ある日八田が、私と根岸(創業メンバーの一員)を連れて、とある会社の知り合いを訪ねたときに、「この3人で会社やりたいんですよね」って言ったんです。何の前触れもなく。「は?おれ?」みたいな感じ。その前からいろいろ話していましたし、開発がしたくて転職したいのになかなか踏ん切りがつかなかったのですが、自分をパートナーと思ってくれる人がいる、というところで決心しました。

―― アルネッツ創業後のことをきかせてください。

 初期の頃はちょうどメインフレームからUNIXへの移行が始まった時期でした。オープン化が進み、企業の会計や生産管理といったあらゆる業務のIT化がはじまった時代。幸運だったのは、当時としては最先端だったUNIXサーバーでの開発のノウハウを持っていたメンバーが多く、立ち上げ当初から大手企業を中心としたプロジェクトのニーズをいただけたことですね。ただ要件通りに開発するだけでなく、サーバーサイドも含めて提案、設計できることが強みでした。順調に業績も伸びていったのですが、ある時から売上げも組織も成長が頭打ちになりました。原因は人を育成できる組織になっていかなかったこと。結局、一人ひとりが自分の仕事で精一杯になってしまっていたんです。そこで代表を筆頭に話し合い、進出したのがスクール事業とハードウェアの事業。まだ業績が好調で経営基盤も強かった時期だからこそ出来たチャレンジですが、これがアルネッツとして大きな転機となりました。

―― 今のアルネッツを作ったという事ですね。

 そうですね。アプリケーションやソフトウェアだけをつくれるよりは、ハードウェアも含めたサービスを構築できるというのは圧倒的な強みになります。実際に、それがクチコミで広がりお客様もエンドユーザーも含めてどんどん広がっていきました。また社員の技術力向上にも大きなプラスになりました。

―― どのような点が、技術力向上に繋がったと思いますか?

 通常のクライアントありきのソフトウェア開発だと、なかなか技術的なチャレンジもしづらいですが、自社ソリューションやプロダクトなら積極的に挑戦できる。その技術をまたクライアントワークに活かすことができる。逆にクライアントワークで蓄積されたノウハウを自社開発に活かす。そんなサイクルの中で多用なノウハウや技術力を磨くことができました。またハードも含めたソリューションの開発プロジェクトに参加することで、ハードの開発者など様々な分野のエンジニアと恊働することで、ただのプログラマーを超えた課題解決力を備えた本物のエンジニアとして成長することができる。そんな若手の姿を何人も見てきました。

―― エンジニアにメッセージを。

 ハードからソフトまでを手がけられる当社。お客様からも「こんなモノをつくって欲しい」というニーズではなく「こういう問題の上手い解決法を一緒に考えて欲しい」というニーズが多い。当社をパートナーと思ってくれるお客様がいるから、技術者として腕を振るおうと思える。そのために、いつも技術力は磨いておきたいですね。

 

(取材協力:サン・アドセンター)


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